自然の力を活用した、昔ながらの日本酒「生酛造り」の酒を飲もう

自然の力を活用した、昔ながらの日本酒「生酛造り」の酒を飲もう
「生酛(きもと)造り」のお酒を飲んだことがありますか? 伝統的な酒造りの手法を用いた濃醇で味わい深い酒として、日本酒通の間で人気を呼んでいます。ここでは、生酛造りとはどんな手法で、どんな味わいの酒になるのか、酒造りの基本を踏まえて、わかりやすくご紹介します。

生酛造りの予備知識:「酛」って何?

「生酛造り」とは、江戸時代に確立された日本古来の酒造りの手法。江戸時代には一般的でしたが、発酵までに多大な労力と時間がかかるため、酒造りの効率化を求めた近代以降は廃れつつありました。近年再び脚光を浴びている「生酛造り」を知るために、まず日本酒造りの工程について下表をもとにおさらいしましょう。

工程1:麹(こうじ)

主な目的 蒸米の米を溶かしたり(液化)、米のデンプンを糖に変える(糖化)酵素を生成させる
原料 蒸米+種麹
微生物の活動 麹菌(米のデンプン質とタンパク質を酵母が食べやすいように分解)
所要日数 約3日間

工程2:酛(もと)

主な目的 清酒酵母だけを純粋に大量培養する
原料 麹+水+蒸米
微生物の活動 ①硝酸還元菌(亜硝酸を生成し、野生酵母や雑菌を撃退)
②乳酸菌(乳酸を生成し、硝酸還元菌と有害微生物を全滅させる)
③酵母(アルコールを生成し、乳酸菌を消滅する)
所要日数 約15日〜30日

工程3:造り

主な目的 数百kgから数tの蒸し米から大量のアルコールを作る
原料 酛+麹+水+蒸米
微生物の活動 麹菌酵素(米のデンプン質を糖に変える)
酵母(糖をアルコールに変える)
所要日数 約30日

日本酒は、「一麹、二酛、三造り」といわれるように、その醸造工程は大きく3段階にわかれます。今回詳しく紹介するのは、2の「酛」の部分です。
酛とは清酒酵母を増殖させる働きをするまさに“酒の母”。その生成過程において、野生酵母や雑菌を滅ぼし、日本酒造りに害のない乳酸をたくさん発生させてくれる微生物が乳酸菌です。上の表にもあるように、日本酒造りにおいては様々な微生物が活躍します。麹が米のデンプン質をブドウ糖に変える糖化と、酵母がブドウ糖をアルコールに変えるアルコール発酵が同時に進行する「並行複発酵」で醸されるのが日本酒の特徴です。

生酛造りの流れ

山卸し

では、「生酛」は具体的にどうやって造られるのでしょうか?まず、米麹、蒸米、水を桶に入れ水分を含んで柔らかくなったところで米を良くすりつぶしします。これが、「酛摺り」、「山卸し」と呼ばれる作業で、糊状にします。次にすり終わった原料を木桶からタンクに移して低温(6〜7℃)で休ませ、硝酸還元菌や乳酸菌などの微生物を発生・活動させます。

暖気樽を入れて温度調整

その後、湯をつめた暖気樽(だきだる)を入れて攪拌しながら温度を毎日少しずつ上げ、乳酸菌を増殖させ、同時に糖化を促します。その後、酵母の様子をみながら温度管理を続け、約1ヵ月で生酛が完成します。

以上が生酛造りの流れですが、後に、蔵人にとって重労働である「山卸し」の工程を省いても乳酸が増殖することが明らかになり、明治42年からは山卸しを廃止して造る「山廃造り」という手法が生まれました。さらには、乳酸と酵母を人工的に添加する「速醸造り」と言われる手法も開発され、山卸しと乳酸発生の時間が不要になり、最短約14日間で酛ができるようになりました。

(写真提供:武重本家酒造)

生酛造りの酒の特長と飲みごろ

自然の乳酸菌が出す乳酸で有害な雑菌を抑え、酵母を増やす生酛造りでは、乳酸菌と生存競争をしながら育つため、強くて元気な酵母が育ち、後の発酵がスムーズに行われます。生酛造りで発生するさまざまな微生物は味わいにも影響し、アミノ酸が多く、コクのある酒質に仕上がると言われます。

新酒の季節になると杉玉が新しくなる(佐久市の武重本家酒造)

代々生酛造りによる酒造りを継承し、現在も7割の清酒を生酛造りで醸造している武重本家酒造の武重有正社長は、「生酛造りの酒の特徴は、味の深みがあること」だと教えてくれました。速醸造りの酒はひと夏を越えれば熟成するものが多いですが、生酛造りの酒は熟成がゆっくり。芯がしっかりとした日本酒だからこそ、長期熟成に向いているほか、お燗にしても甘味が出てよりおいしくいただけます。

今、生酛造りが見直される理由

明治時代に酒造りの発酵工程が科学的に解明され、明治43年に速醸造りが確立されると、多くの蔵では手間も時間もかからない速醸造りで酒を仕込むようになりました。しかし、近年、食生活の自然志向が強まるなかで、日本酒造りにおいても、原点回帰の潮流があり、手間も技術も必要な生酛造りが見直されています。

武重社長は、「微生物の知識がない江戸時代に『生酛造り』が確立され、継承されてきたことが“驚異的”」だと言います。現在は、自然に育まれた乳酸菌を取り込みながらも、発酵を手助けするスターター的に人工の乳酸菌を添加するなど、微生物の働きを科学的に調整しながら生酛造りに取り組む酒蔵が増えつつあり、長野県内の酒蔵も同様です。この機会に、生酛造りのお酒をじっくりと味わってみてはいかがでしょう。自然のなかで育ったたくましい酵母の味が感じられるかもしれません。

取材協力:武重本家酒造
参考文献:
『うまい酒を科学する辞典』(2010年)酒文化研究所監修 
『うまい日本酒を知る、選ぶ、もっと楽しむ 酒達人が教える、知って飲んで通になる本』(2016年)飲食店日本酒提供者協会監修
『全国の日本酒大図鑑[東日本編]』(2016年)友田晶子ほか監修

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